だんだんプロになっていく

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介護サービスドットコム編集部

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最初から『介護士』な人なんていない。

ぼくが介護士として仕事を始めたのは、29歳の頃。

それまでは家庭の事情で、いろんなアルバイトを昼夜問わずに掛け持ちしながら、お金を稼げるだけ稼ぐ必要があったので、将来、こういう職業に就きたいといった希望や夢なんて全くなかった。

そんなぼくが、成り行き任せに介護士をすることになったので、「志」なんてあるわけもなかった…

何も持たない『介護士』としてのスタート

29歳で介護士としてデビューしたのは、家の近くに新しくできた『住宅型有料老人ホーム』で、そのホームが新設されるにあたり、半年後のオープンに向けて新入職者を募集していたのが、ぼくが介護士になるきっかけだった。

全くの無資格でなんの経験もない29歳の男性が面接に受かるはずもないということで、急遽、「ホームヘルパー2級(当時)」という資格が最速で取得できる専門学校に申し込んだ。

週5日、1日5~6科目の座学を約1ヶ月と、5日間の実習を経てヘルパー2級を取得。

実習をさせて頂いた特別養護老人ホームのヤバさには面食らったが、「ぼくはこんな施設では働くまい」「こんな介護士にはなるまい」という反面教師として今でも役立っているから、ある意味では勉強になったように思う。

そうして資格を取得して臨んだ有料老人ホームの面接で、無事に採用して頂くことができた。

その後、オープンの1ヶ月前からホームでの研修という形で勤務が始まった。

初日、集められた職員を見てぼくはビックリした。

同法人の別の施設で働いていた男性が介護部の責任者である主任としておられ、オープニングスタッフの中から経験豊富な女性が副主任として紹介された。

あと2名だけ他施設で経験のあるかたがおられたが、それ以外の人は、ぼくを除いたほぼ全員が、「卒業時に介護の資格を取得できる学校」を卒業したばかりの若い職員ばかりだったのだ。

「え?こんな未経験者だらけで大丈夫なん?」と思ったが、どうやらこのメンバーで本気で頑張るらしかった。

研修が始まると、ぼくだけが圧倒的に介護の知識がないことにさらにビックリした。

そりゃそうですよね。たった2ヶ月足らずの資格取得の為だけの勉強で、経験豊富やかたや、専門の学校で学んできた連中と渡り合えるわけがない。

なのに、いろんな職場経験は豊富なので、雑務だけは誰よりもできた。

そのことが「災い」し、開設準備期間中に、もう1人の副主任に抜擢されてしまったのだ。

そんなの、プレッシャーでしかなかったが、給料が一般職員に比べて上がるのですぐに首を縦に振ってしまった。

こうして、未経験で知識不足&介護士としての志も何もないままの副主任が誕生した。

迎えたオープン初日。いきなり、とんでもなく拒否の強い寝たきりのおばあさんが入居してこられ、ロビーで大絶叫!

ぼくはどうしたらいいのかわからず、他の職員と一緒にただ黙って見ていることしかできなかった。

だがその数日後、ぼくはこのおばあさんに、介護士としてのやりがいを教わることになる。そして介護職という仕事にのめり込んでいくことになるのだ。


※このお話は、介護職のやりがいを教えてくれた人!18年間介護士を続けられる理由とは?という記事に詳しく書いています。

誰でもやろうと思えばできること

副主任という立場上、他の職員が対応に困るような入居者さんの対応を率先してせざるを得ないという状況が、多くの失敗と、ごくまれではあるが成功体験をぼくにもたらしてくれた。

そうして徐々にに介護士として成長していった。

いろんな事情でそのホームを退職し、次に選んだ職場も、家の近くの新設の施設だった。

今度は『介護老人保健施設』のオープニングスタッフ。

この施設は介護経験者を多数採用しており、たった1年半の経験しかなかったぼくは、一般職員からのスタートだった。

だが、ここでも、他の職業を多数経験していることが役に立ち、さらに有料ホームでの1年半の介護経験と副主任経験がプラスされていた為、開設準備期間中からちょっと目立っていた。

オープニングの施設は、役職者として予定していた職員が急遽、入職してこないなどのハプニングが起こることも多い。

この時は、開設直後から事業所責任者と考え方が合わないという理由で、副主任にすぐに欠員が出た。

そしてぼくが抜擢された。

さらに半年後、あるフロアの主任が退職。

ぼくが選ばれた。

この施設で主任は、介護部長に次いで介護部として2番目の役職だった。

トントン拍子に役職が上がり、経験したことのない管理業務をする必要があったが、やりながら覚えたらどうにかなったし、何より入職時に比べて給料はだいぶ上がった。

なぜぼくを抜擢してもらえたのかを聞いてみたら、「たっつんさんは人が嫌がることを率先してやってくれてるでしょ?だからです。」と、介護部長が言ってくださった。

ぼくは、自分が29歳という、人よりだいぶ遅いタイミングで介護士になった。

周りの人より知識も経験もなかった。

だから、人がしないようなことも率先してやった。

出会った入居者さんとの関わりの中で、いろいろな学びを得ることで、周りの人に追いつこうとした。

そしてそれは、誰でもやろうと思えばできることだったと思う。

誰でもやろうと思えばできることをやってきた。それを認めてもらったのは嬉しかった。

やってみないとわからないから、とりあえずやろう

それからぼくは32歳で介護部長になり、それ以降現在に至るまでに、2法人5施設で介護部の責任者として、15年間、現場に立ち続けている。

介護士は低収入と言われるし、実際にそうだ。

介護部の責任者のぼくですら、基本給の安さには驚きを隠せない。

だが、役職手当などもろもろついたら、世間一般的な47歳のかたの平均収入と同じくらいは頂けていると思う。

介護士の低収入への対策には、「昇格で補う」という方法がある。

が、これを嫌がる職員が多いこと多いこと。

ただでさえしんどい業務に加えて、管理業務をするのが大変そうだから嫌だという人が圧倒的に多いのだ。
(もちろん、その素養のないかたがおられることも事実ではあるが)

だが、低収入を理由に介護士を辞めて、これまで培った知識や経験、人間関係などを全部捨てて、他の職業に新たにチャレンジすることのほうが大変だと思ったりするが、どうだろう?

役職に就きたがらない人が多いということは競争率も低く、なりやすいとは思えないだろうか?

やったことのない業務に対して、こなす自信がないからという思いはないだろうか?

ぼくは家族のために少しでも収入を増やしたくて、昇格の話を頂いたら、全部即答で、ありがたくお引き受けさせて頂いた。

当然、したことのない業務や足りない知識と、簡単には得られない職員からの信頼に苦労もしたが、得るものもまたとてつもなく多かった。

給料も当然上がった。

人間関係など、いろいろな理由で退職を考えるに至った時、役職に就いているという経歴が、次の就職先を探す際に大いに役立ったし、なんなら条件を自分で選ぶことさえできた。

後輩に、自分よりも明らかに認知症のかたの関わりが上手く、介護センス抜群の天才が現れた時、その天才の上司でいられる為にどうしたらいいかを考えた。

「たっつんさんの元で働いていても、自分の成長になりません」と言う理由で退職されてしまうことを恐れた。

そこでぼくは、介護保険制度の勉強や認知症についての勉強と、リーダーシップについての勉強をした。

本を読み漁った。

結果的に、知識や、指導する時の説明の上手さ、職員との関わり方などで、その天才に「自分にはできないっす。部長から学ばせてもらいます」と言われるまでになれた。

みんな最初は、何の武器ももたない状態からのスタートだと思う。

だが、自分自身の現在地を正確に把握し、周りの人と比べて足りないところを補うための工夫や、自ら率先して体験することで、徐々に徐々に、プロの介護士になっていくのだと思う。

自信がないからこそやってみる。自ら飛び込んでみる。

このことが、ほんとに大事だなって思いつつ、そういう人があまりいないなって実感から、この文章を書きたくなりました。