2022年11月1日、神戸地方裁判所において兵庫県立西宮病院で起きた転倒事故についての判決が下されました。
この判決は多くの医療、福祉分野の関係者を困惑させています。
本記事では、転倒事故の判例を確認し、病院や介護施設など現場で働く自分たちを守るために抑えるべきポイントについて解説します。
事故に至った個別の事情についての批評や、裁判に至った経緯やその判決事態への批判を意図するものではありません。
下されてしまった判決により、今後関係者にどのような影響を与えるかの考察ですのでご注意ください。
転倒事故から判例までの概要
2016年4月2日早朝、認知症を患っている男性は看護師に付き添われてトイレにはいりました。
付き添った看護師は、男性が用を足す間別室の患者にナースコールで呼び出されて排便介助の対応をしました。
用を足し終えた認知症男性は、トイレから出て一人で廊下を歩き転倒してしまいます。
その結果、外傷性くも膜下出血と頭蓋骨骨折の診断を受けました。
その後寝たきりになってしまった男性は、2年後に心不全で死亡しています。
男性の家族は、入院中の転倒により怪我をして治療が必要となった結果、寝たきりになり両手足の機能が衰えたと主張しました。
転倒させた病院に責任があるとし、兵庫県に対し2,575万円の損害賠償を求めます。
対する県側は、「別室の患者は感染症を患っており、排便の介助を急いだことはやむをえないと主張しました。
6年後の今年11月、神戸地裁で出された判決は以下の通りです。
「認知症の男性から目を離せば、勝手にトイレを出て転倒する可能性は充分に予見できた。
別室の患者はおむつに排便すれば問題はなかった。
すでにトイレに入っている人よりも、後からナースコールを押した患者はおむつにすればよかった」
として、県側に532万円の支払うよう命じました。
転倒事故の判例を受けた現場の声
この判例を受け、SNS上では、医療や福祉の関係者から多くの反響がでています。
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2チャンネル創設者で実業家のひろゆき氏は、「『87歳の認知症患者が病院で歩いて、転倒したので病院は532万円支払え』という判決。認知症患者は、ベッドに縛り付けて動けなくするのが正解ということですね」と呟いています。
転倒事故の判例の問題点
この判決は、ただ単に一つの病院で起きた裁判というだけではなく、病院や高齢者施設で働く全ての関係者にも影響を起こしかねないことです。
この判決の問題点は3つあります。
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では、一つずつ説明します。
訴えられるリスク
自分が働く施設で同じような転倒事故が起きてしまった場合に、施設が訴えられるリスクが上がったと言えます。
判例が出たということはそれだけ影響のあるものです。
日頃から施設の対応に疑問を持っていた家族が、転倒事故をきっかけに訴えるようになることは容易に想像できるでしょう。
夜勤帯にナースコールが重なり、対応が間に合わず転倒事故が起きてしまうことは、対策をしていても起きてしまうもの。
しかし、判例が出てしまった以上は「転ばないで」と祈るだけではどうにもなりません。
いくら丁寧にケアをしていても、訴えられたら負けてしまいます。
身体拘束の助長や認知症のある利用者の受け入れ拒否
今回の判例は、安易な身体拘束を助長させるとともに、認知症のある利用者の受け入れを拒否する施設を増やす危険性を高めてしまいました。
病院では治療のために身体拘束を行うことはありますが、高齢者施設では原則身体拘束は行いません。
しかし、転倒事故が裁判に発展し損害賠償を求められるのであれば話は別です。
利用者本位を謳い一生懸命ケアしていても、一つの転倒事故から多額の損害賠償を求められてしまっては経営が成り立ちません。
身体拘束が認められる緊急やむをえない場合、「切迫性、非代替性、一時性」に当てはめて身体拘束を行う施設が増えることも考えられます。
最終的には認知症のある利用者の受け入れを拒否することに繋がってしまうリスクがあります。
スタッフは守られない
今回の判例を受け、利用者の安全を守るために少ない人員で走り回っても、転倒事故が起きてしまえば、スタッフは守られないことがわかってしまいました。
訴えられているのは県や病院ですが、事故の当事者や同僚のショックは計り知れません。
働き続けるのが難しくなるケースもでてきます。
転倒事故を完全に防ぐにはマンツーマンの対応が必要ですが、急に人員が増えることはないでしょう。
自分たちを守るためにどうすれば良いかを考えなくてはなりません。
介護事故訴訟は増加傾向にある
介護事故の訴訟件数について、具体的な統計は判明していません。
しかし、介護事故による訴訟数は増加傾向にあるとされています。
介護事故による訴訟で最も多いのは転倒事故です。
転倒することで骨折や脱臼をしてしまうなど重傷を負ったため、訴訟になってしまうことが挙げられます。
その他にも、誤飲や誤食、薬の誤配なども訴訟になることがあります。
施設側の責任を否定した裁判もある
先に施設側の責任を認めた判例についてご紹介しましたが、訴訟の中には施設側の責任を否定したものもあります。
それは、東京地裁にて、平成24年11月13日に判決が出たものです。
事案内容は、71歳の利用者がデイケアを利用していた際、転倒してケガを負ったというものです。
原告は利用者の親族でした。
この際、施設側は以下の記録を提出しています。
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上記による記載事項から、利用者には歩行能力において特に問題はなく、階段の昇降を含めて歩行時に介助を必要とする状況にはない、とされました。
このため、施設側は、利用者が転倒することを予見するのは不可能だったと認定し、この裁判の判決では施設側に責任はない、とされました。
このほかにも施設側に責任はなかった、とされる事案がいくつか出ています。
予見可能性が重要
上記の判決から見ても、施設やその職員が事故が発生する可能性があると予め認識できたかどうか(予見可能性)、あるいは、実際に認識すべきであったかどうか(予見義務)がとても重要です。
また、事故を回避できる可能性や、事故を回避する義務があるかどうかも考えなければいけません。
基本的に予見と結果回避は別のものです。
基本的に両方がそろわなければ、施設側の責任にはなりません。
しかし、多くの事件では予見が出来れば結果回避するための措置が必要であるとされ、施設側が責任を負う結果になりやすいのです。
自分たちを守るために抑えるべきポイント
転倒事故が起きてしまった時に自分たちを守るためには何が必要でしょうか。
上記の判例を受けての対応として、ここでは3つのポイントを説明します。
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それぞれ説明します。
ニュースや事例を共有する
今回の西宮病院の判例は病院や高齢者施設で働く全ての人に関係します。
報道されている事故の経緯を確認し、チーム内で共有することが第一歩です。
西宮病院の判例以外にも病院や高齢者施設での事故に関する判例は多くありますので、自分たちに関係のあるものを共有し、自分たちの身に降りかかる可能性があることを認識しましょう。
施設のマニュアルや書類を確認する
次に自分たちが働く施設は、利用者や家族に転倒や事故についてどのような説明をしているのかを確認します。
高齢者は転倒しやすいこと、施設で身体拘束はしないこと等、その中でどのような事故予防をしているのか等の説明内容や交わしている書類を確認しましょう。
何が足りないのかを明らかにし、その仕組みを整えるにはどうすればいいか検討し行動する準備をします。
自分たちを守る仕組みを作る
それぞれの事業所の中で、自分たちを守る仕組みができているのであれば特に問題はありません。
しかし、ほとんどの事業所は日ごろの業務や現場で起きていることに集中するあまり、自分たちを守る仕組みづくりに着手できていないのが現状ではないでしょうか。
仕組み作りには「個人だけで考えるのではなく、部署や事業所単位で相談し検討する」ことが大切です。
一人ひとりの自己犠牲ややりがいに頼っていては何も変わりません。
委員会や会議、部署内のミーティング等、スタッフ間で意見交換できる場を作り検討する必要があります。
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上記のように、細かいことからでも始めて自分たちを守る認識を強く持つよう働きかけ、仕組みを作っていくことが必要です。
まとめ
いかがでしたでしょうか。
本記事では、兵庫県立西宮病院で起きた転倒事故に関する判例から
判例の問題点、自分たちを守るために抑えるべきポイントについて説明しました。
判例の問題点
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自分たちを守るために抑えるべきポイント
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判例がでてしまった以上は自分たちの身は自分たちで守らなければなりません。
今日転倒事故が起きたら訴えらえれてしまう可能性もあります。
自分たちを守り安心して働き続けられるよう、事業所や部署内で検討を重ね、仕組みを作りをしていくことが大切です。
最後までお読みいただきありがとうございました。