徘徊を繰り返すAさん

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介護サービスドットコム編集部

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真冬の夜の23時頃、「パジャマに素足にスリッパ」という格好のおばあさんが、歩道でフラフラ歩いていた。

ぼくはコンビニに寄っておうちに帰るところだった。

一目で徘徊されていると気付いたぼくは、「どうされました?」と話しかけたが、キョトンとした表情で「別に何でもありまへん」との返答だった…

認知症のおばあさんを保護

おうちの住所、お名前、ここで何をされているかなど、ゆっくりお聞きするが、少し考え、「わかりまへん」「さぁ何でしたかいな?」といった調子が続く。

少し目を離してしまうと、フラフラと車道に出て行ってしまう危うさを感じたので、おばあさんと車道の間に立ち、笑顔で安心してもらうようにしつつ、見守りながら110番に連絡をした。

事情を説明し、はっきりとした住所は言えないものの、幸い、おうちの近くだったので場所が特定できる伝え方が出来た為、10分足らずでパトカーがやってきてくれた。

その間にもぼくが原因でおばあさんが落ち着かれなくなってしまわないように、安心して頂くよう努めた。

パジャマで素足だったので、ぼくのデカすぎるダウンジャケットを着て頂いたりもした。

穏やかに笑って「ありがとうございます」と言って下さったので、ホッとしたのを覚えている。

2人のおまわりさんに、おばあさんを保護した状況を説明すると、「ありがとうございます。あとは我々で対応しますので結構ですよ。」と言って下さったので、お任せしておうちに帰った。

念の為と、名前と連絡先も聞かれてお答えしたが、特にその後は何もなく、ぼくもこのこと自体を忘れていた…

施設にきた入所申し込み

当時のぼくは、介護老人保健施設で、『介護部の責任者』と『生活相談員』という役割を兼務していた。

介護老人保健施設、略して『老健』とは、自宅で生活ができるように高齢者がリハビリをする施設である。

何らかの理由で病院に入院されていたかたが、治療を終え、退院できる状態にまでなられたものの、自宅に帰って生活するのはまだちょっと困難な状態という場合、リハビリ目的で申し込みをされるというのが、一般的な施設の利用方法である。

そしてその申し込みは、そのかたが入院中に、ご家族が病院の『相談員さん』に”次の行き先”をご相談されて紹介してもらうというのが一般的である。

生活相談員とは、その施設の窓口的な役割を担う職種であり、上に挙げたような形で施設への入所申し込みをされたかたに対応したり、反対に、病院側に出向き、退院を控えておられるかたで、自宅に帰られるまでにリハビリが必要なかたがおられたら紹介して頂くといった営業的なこともする。

申し込みについてお問い合わせ頂いたご家族さんに施設を見学して頂いたり、必要書類の説明をしてご提出頂いたり、その書類を元にご本人とお会いしてより詳細な情報を持ち帰り、実際に施設で受け入れさせて頂くことが可能なかたであるかを、関係各部署の責任者が集まって決定する『判定会議』を実施したり、施設に入所されたかたのリハビリ状況を見て、いつご自宅に戻られるかをご家族さんと検討したり、リハビリが上手く進まずに自宅に戻れそうにないかたに、”次の行き先”をご提案させて頂いたりもする。

とまあ、前置きが長くなったが、ぼくが『老健の生活相談員』をしていた時、いつものように入所の申し込みがあった。

情報では、

認知症の女性。1ヶ月ほど前、夜に1人で家を出て、道路で転倒し頭部を打撲。意識不明で倒れているところを発見されて救急搬送。

そのまま入院となったが、入院中に認知症が進行。お身体の状態は退院可能だが、ご家族が自宅での介護に不安を感じており、一旦、入所できる施設を探しておられる。

というかたであった。

ご家族さんからお話を伺い、入所申し込みに必要な書類もご提出頂いたので、実際にその女性・Aさんにお会いする為、病院に行くことになった。

ぼくだけが覚えている再会

Aさんとの面会には、入所申し込みの際に施設にこられた長男さんの奥様と、Aさんのご主人さんが同席された。

最初に病院の相談員さんと看護師さんから、病院でのAさんのご様子をお聞きし、それからAさんご本人とご家族さんからいろいろなことをお聞かせ頂く。

Aさんは、普通にご自分でスタスタと歩いてなんでもできるといったご様子で、動作的に看護師さんが何かをお手伝いされるということはないとのことだった。

だが、なぜ自分がここにいるのか、今が何月何日なのか、どこにトイレがあるのか、どこがご自分の病室なのか、といったことが全く理解されていないので、何度も同じことを看護師さんにお聞きになられているとのことだった。

そして、夜に何度も起きて病室から出てこられるので、その都度、夜勤の看護師さんが病室まで案内して横になって頂いているとのことだった。

Aさんご本人にお話を伺うと、ご主人さんのことは当然わかっておられるし、長男さんの奥様のこともわかっておられた。

長男さんの奥様から、「おばあちゃん、ちょっと前に1人で夜中に家を出てこけて頭打ったやろ?だから入院してるんやろ?」って説明されると、「そうやったかいなぁ。全然覚えてへんわ」と笑っておられた。穏やかなかただった…

話をしている最中に、やっとぼくは思い出した。ピンと来るのが我ながら遅いと思った。

この面会の約1年前に、ぼくが夜中に偶然お見掛けして、警察に保護してもらったおばあさんが、このAさんだったのだ。

長男さんの奥様にお聞きしてみると、夜間に家を出ていき、警察に保護されたことが2回あったとのこと。

やっぱり!
確信を得たぼくは、そのうちの1回に偶然にもぼくが関わっていたということを打ち明けた。

お話を伺いながら、Aさんがなんとなく見覚えのあるお顔であったことと、申し込み書類の住所から「ひょっとして」と思ってお聞きしてみたのだ。

3回目の徘徊で転倒して、今回の入院になったそうで、今の状態で自宅に戻ってきても同じことを繰り返すリスクが高いのではないかというのが、施設に入所を申し込まれた理由であった。

Aさんは、ご主人さんと2人暮らし。

お近くの住む長男さんご夫妻が毎日のようにご高齢のお2人のご様子を見に行っておられるが、ご主人さんが気付かれないうちにAさんが徘徊されてしまったとのことで、自宅に戻ってこられるまでの間に、その対策を立てないといけないという課題があった。

施設で受け入れるも…

施設でも「夜の対応をどうするか?」という話になり、各フロアの介護主任からも、他のかたの居室に入ってトラブルになるのでは?転倒のリスクが高いのでは? という、受け入れに難色を示す意見が出たが、1人の主任さんが、「なんとか対応しますよ」と言ってくれて、入所が決まった。

ぼくはAさんを保護したことから親近感が沸き、なんとか入所して頂きたいと思っていたので、この申し出は嬉しかった。(こんなこと思うのは失格だと思うが)

ご家族さんには、入所にあたっての転倒のリスクや他者とのトラブルを完全に回避できるものではないことなどをご説明させて頂き、ご了承頂いた上で入所して頂いた。

Aさんは病院から出て、見慣れない施設にやって来たことで混乱されていたが、ご主人と長男さんの奥様も一緒に来て下さったので、穏やかな状態はキープされていた。

だが、お2人が帰られてからが大変だった。

フロア内をずっとウロウロされ、「ここはどこですか?」「おうちに帰ります」と何度も居室から出てこられたそうで、その都度、ベッドまでご案内し、横にはなって下さるものの、30分も経たないうちにまた出てこられるの繰り返し。

特に何かをされるわけではないのだが、「万が一転倒されたらと思うと、ずっと付きっ切りにならざるを得ませんでした」と、疲れ切った表情の夜勤明けの職員さんから聞いた。

「お疲れさま。ほんまにありがとう」としか言えなかった。

落ち着かれて、夜間、寝て下さるようになるのか。ご家族さん側での受け入れ体制が整い、ご自宅に帰れる日がくるのか。

不安が膨らんでいったが、全く思いもよらない別の形で、Aさんはご自宅に戻ることになる…

突然のご主人さんの行動

ご主人さんが、翌日も施設に面会に来られた。そして、Aさんの手を握り、施設をお2人で出て行こうとされたのだ。

Aさんがおられるフロアのエレベーターの扉が開いた瞬間、ご主人さんとAさんがお2人で乗って1階まで降りてこられ、事務所の前を歩いていかれるのが見えた。

アレっ?と思った事務員さんがご主人さんにお声掛けすると、「今から連れて帰りますねん」と言って、施設を出ようとされたので「いや、ちょっと待って下さい!」とお止めしたが、聞く耳もたれず、激怒されたのだ。

ぼくも慌ててご主人さんをお止めしてロビーのソファに座って頂き、説明をするも、どうやら病院から退院して、自宅に帰ってくると思っておられたようであった。

長男さんの奥様に連絡を取り、電話でご主人さんとお話をして頂くと、しぶしぶ納得されたようで、お2人でAさんの居室に戻っていかれた。

長男さんの奥様とお話すると、前日の時点でご主人さんが「帰ってくるんと違うんか?」と何度も言われていたとのこと。ただ、まさかそんな行動に出るとは思ってもみなかったそう。そりゃそうである。

ご主人さんには夕方までAさんと一緒に過ごして頂き、長男さんの奥様が仕事帰りにお迎えに来られて帰っていかれた。

が、

この騒動が頻回に起こるので、長男さんご夫妻が、ついに何の対策も立てることが出来ないままにAさんの帰宅の決断を下したのだ。

退所の日

Aさんとご主人さんの嬉しそうなお顔とは対照的な、長男さんご夫妻の絶望的なお顔、「ほんとにご迷惑をおかけしました」というお言葉が忘れられない。

ぼくたち施設側の人間も、ほんとに申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

駐車場に止めてある車に、Aさんのお荷物を運ばせて頂いた際、長男さんがご主人に向かって「おかんになんかあったらオヤジが全部責任とれよ!」と怒鳴っておられるのが聞こえてしまった。

胸がしめつけられるような思いだった。

長男さんの奥様に、「ご主人さんも認知症がおありだと思いますので、申請して、介護サービスをお2人で受けられるようにされたほうがいいと思います。またご相談ください。」とお伝えした。

奥様は「やっぱりそうですよね」と苦笑いをされた。